河端孝幸の読む漢方

挫折を味わう時

仕事に就いたら誰もが通る道

漢方相談という仕事をしていると何度も挫折を味わう事があります。
自分のこの対応でいいのだろうか?
もっといい方法があるのでは?
お客様の話しや訴えを聞いてはいるけど、何もわかっていないのではないだろうか?
そもそも、こんな私がお客様の相談をさせていただいていいのだろうか?
そんな想いにかられる時があります。
若い頃は、おそらくどんな仕事に就いたとしても、似たようなことは、誰もが一度は通る道とも言えます。
私もご多分に洩れずそうでした。

こんな自分がお客様の相談をさせていただいていいのだろうか?

どれだけ欠点がなく、どれだけ信用していただける自分にならなければいけないのか?本当にそのような自分にならなければ、仕事は続けられないのだろうか?
そんなことはありません。まず、真面目にそのように考えているという事は、お客様の事を真剣に考えているという事に他なりません。
それだけでも立派。
さらには、まだまだ自分はできていないという事に立脚しつつも、でも、何とかしなければいけないと気付いていて、やろうとしている自分がいるわけです。
まあしゃあない。今はこれまでしかできない。でもこれしかできないと自覚している自分はエライと思う事ですね。だって自覚しているのだから。できもしない事をできると嘘ぶいてはいないのだから。
今はこのくらいかもしれないけれども日進月歩。もっともっとできるようになるし、できるようにする。だってそうしたいのだから。きっとできる。だいじょうぶ。

私よりも先輩の○○さんに任せた方が良いのでは?そうじゃないとお客様に失礼になるのでは?

さらに悩む人は、そんな想いを持ってしまう人もいると思います。
しかしそうではない。どんなに口下手、話下手、知識がまだまだ追いついていなくても、お客様を想う気持ちや、何とかしてあげたい気持ちは上司も部下も経験も関係のない事です。
まずは自分の素直な、お客様のお役に立ちたい、お客様に笑顔になっていただきたい、元気になっていただきたい。そんな純粋な気持ちがあるかどうかだけが問われるものだと感じます。
その気持ちがあればだいじょうぶ!ということです。

自分のこの対応でいいのだろうか?もっといい方法があるのでは?

あたりまえにベストの方法というのはありっこないです。
AIの時代で、AIによってありとあらゆるビッグデータから選りすぐりの答えや方法が見つかったとしても、もっといいものがあるのではと思う事が尊いのではないかと感じます。なぜなら、目の前のお客様にもっともっと笑顔と元気になってもらいたいと思っているから。
陰陽平衡という言葉。すべては動き、一度たりとも一瞬たりとも、同じところには留まってはいない。
したがって、万物は流転し、いい時もあれば悪い時もある。その時、その時期、あらゆる環境は一度たりとも同じものはない。
ということは、これが一番いいと思った瞬間から、ちょっと違うという方向に移っていくものでもある。
その時々で、今考えられる一番いいと思っている事を行うのが、一番いいと悟る事だと思います。そして固執しない事も重要です。

医療関係者が陥りがちな「良くならない」という思い

おそらく医療関係者がいつも思っている事は、良くならない。逆に悪化する事すらある。そんな時、私はこの仕事に向かないのかなという壁。
それは声を大にして言いたい。全然勘違いしていると。
ぜひ拙著「感謝からはじまる漢方の教え」を読んでいただきたいですが、病気を作る根本的な原因は、ストレス等の心の問題、食事の問題、運動の問題、休むという休養の問題、環境の問題。さらに言うと、遺伝的な問題です。
では治すのは何かというと、絶大な自分の身体に備わっている自然治癒力に他なりません。
したがって、病気は自分で作り、自分で治すものです。
薬は、特に漢方薬は、その絶大な自然治癒力を増そうとしていく自分の体質に合わせたもの。だから、漢方薬で治す方向には持って行けているはず。
しかしながら、漢方薬で治るわけではないという事。もちろんそれで改善される人がいらっしゃるのも事実ではあります。
良くならないのは、深く深く探っていくと自分の生き様と言う事になります。姿勢:背筋・腰骨を伸ばす事。心の持ち方:常に朗らかに前向きに明るく素直に、元気に。食事:節制を。運動:1万歩歩く事。環境の良い所に住む事。などなど、自分の生き方「心食動休環」をどれほど整えられているかということです。

間違いのもととなる「治してやる」という気持ち

漢方相談をやっている薬剤師や相談員が間違いのもととなる、治してやるという言葉。
治せるわけがない!それは上記のようにすべて心食動休環に問題があるから。四六時中監視して、同じ生活なんてできるわけがない。できたとしても、顔はそれぞれ、生まれてきた生い立ちもそれぞれ。だから目の前のお客様の事を完全には解りっこないし、したがって、完全に良くするなんてことはでき得ないのです。
漢方に携わる人間として、そんな事を思う事自体がおこがましいと感じます。
じゃあどう考えるのか。
少しでも解って差し上げて、少しでも元気になるように笑顔になるように、できる事を精一杯。それ以上の事はできないし、今考えられるベストの事をお伝えするだけです。
手を抜く事もいけないし、やり過ぎもいけない。いいかげんで。それが良い加減。そのさじ加減を解り、少しずつそのスプーンの大きさを大きくしていく事。それが精進という事で、我々の進むべき道だと思うのです。