河端孝幸の読む漢方

雨降って地固まる

雨降って地固まる

「雨降って地固まる」は皆さんご存知の格言だと思います。
織田信長風ならば「雨降らせて地を固めてしまえ」
豊臣秀吉風ならば「雨降らせてみようそして地を固めてみよう」
徳川家康風ならば「雨降らぬなら降るまで待って地を固めよう」
といったところでしょうか?
直訳的には、乾燥して砂ぼこりがたっているような状態で、そこに恵みの雨が降ると、砂ぼこりもたたない。
現代風に言うと、雨によって花粉もPM2.5も、黄砂も、その他化学物質も地面にたたきつけられ、空中を舞わなくなる。
ということになるでしょうか。
冬山でも、雪崩が起きるのは、乾燥している状態の時。自然界においては、不必要なものはなく、雨でも、風でも、必要であることを認識させられます。

歴史を振り返る

人間界において、歴史が物語るのは、戦争の繰り返しです。
戦争を雨に例えるのは、戦争を体験した方々、そして今でも戦火で被害を受けていらっしゃる方々に対して、大変失礼甚だしいことですが、誤ったことをしてしまったと大いに反省をしたことで、平和が訪れているのではないかと思う次第です。
平成の世が30年続き、その間戦争がなかったことが喜びの一つと、天皇陛下がおっしゃったことが印象に残っています。
日常でも様々ないざこざや、予期しない出来事や、誤解が生じ、人間関係のギクシャクが生じるものです。
稲盛和夫氏は著書「生き方」の中で、「トラブルの原因は実はきわめてシンプルな事であることが多い」と看破しております。

雨降らない限り地は固まらない

ちょっとしたボタンの掛け違い、ちょっとした誤解。それを埋めるのは、会話であり、意見交換であり、コミュニケーションでしかあり得ないと思うのです。
ディベートという反対意見の立場を仮想で作り、それぞれの立場で意見を交換(あえて交換という言葉を使いますが)する。そのような訓練を通して、相手の立場を理解していく。決して戦わすことではないと思うのです。そして初めて、この人がこんなことを思っていたのか!自分のことをこんな風に考えていてくれたのか!そして理解しあう。
同じ山を登るのでも、違うルートで登っていた。あるいは、同じルートでも、急いで登ったり、休んでいたり、違う道を探していたり。人それぞれ、色々な事を考えて登っている。でも、人はその時点のその人を見て判断しがちで、自分の物差しで相手を見てしまっている。そして、いつぞや溝ができ、不穏な空気が流れて、疎遠となっていく。なんてことは、人生において多々あることでしょう。私にも何度もありました。
何か疎遠というように感じたり、行き違いが生じたりしている時こそ、勇気をもって、振り絞って話すこと、話し合うこと、自分の意見を言ってみること以外に解決方法はないと感じます。
「雨降らない限り地は固まらない」「雨降るからこそ地固まる」ということではないでしょうか。
しかし、土石流にならないように気を付けることも大事ですね。