河端孝幸の読む漢方

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身体はつながっている~私の病歴~

私の病歴

漢方相談をしていると、私は、病気をしないと思っていらっしゃる方が多くいらっしゃいます。
しかしながら私も人間。
小さい時から現在までの病気の変遷を思い起こして、あらためて漢方の考え方に触れていきたいと思います。
病気というとまず頭に浮かぶのは、5歳の時に盲腸になったこと。
その時は親戚が集まっていて、何かお祝いのようなことをしていたように記憶しております。叔母がその日の夕飯担当で、その夕飯を食べた後お腹が痛くなり、おそらくお腹が腫れていたのだろうと思いますが、すぐに向いの病院へ。そうしたら盲腸で、両手両足を手術台に縛られすぐに手術。手足を縛られるまでは泣きじゃくっていた記憶があります。記憶が断片的ですが、手術跡の消毒や、抜糸で泣いた記憶があり、また、おならをしないとだめと叱られ、おならが出た瞬間に、手術をした先生や母親も安堵の表情だったことを覚えております。それから1か月間病室から自宅を見て過ごしました。

点滴三昧の小学生時代

その後、よく風邪をひき、中耳炎や蓄膿症で小学生時代は毎日耳鼻科通い。北海道で寒かったせいもあったのだろうと今は思います。
幼稚園や小学低学年の時には、近くの小児科で、点滴を打ち、腕の血管はあまりに打ち過ぎて固まって入らなくなり、太ももの内側から血管注射を。さらにそこもダメになって、最後は首の静脈から点滴をしました。
あまりに風邪をひくと言う事だったと思いますが、小学5年生の時に扁桃腺の除去手術で一週間の入院。この手術の前に粉の薬(母親は血が出ないようにする薬と言っていたと思いますが)を飲まされ、あまりにもまずく気持ち悪くなり吐いた事が、鮮明に記憶にあります。
その後も、自家中毒にはよくなり、地元では大きな病院に良く行っておりました。そこでも点滴。

中学~高校~大学生時代

中学2年くらいからようやく自家中毒とは縁が切れましたが、風邪の時には近くの内科に行き静脈注射。その時に1度、注射中に非常に気持ち悪くなり、冷や汗が出てきて、看護婦さんに訴え、そこで中断したこともありました。今思えば、アナフィラキシーショックの手前だったのだろうと思います。
高校2年の頃は、中学生の時から常にお腹の調子が悪いため、先の大きな病院で1週間かけて検査入院し、十二指腸潰瘍と病名が付きました。
大学に入って、北海道を離れ初めての梅雨を経験し、その時に体調を崩し、4日間は高熱で寝たきり。ハアハア言いながら近くの病院に行って、その時はお尻に注射でした。夏休みに帰省した時には体重が4Kgほどやせていました。

社会人になって鎖骨骨折

それからは、風邪はひきましたが、大きな大病はなし。
38歳の時に、社員旅行でフットべースボールをやっていて、鎖骨骨折。社員旅行の場所が熱海で、そこから肩を固定した包帯の姿で、新幹線でみじめに帰ってきて、翌日から入院して手術。この時にも1か月ほど入院でした。鎖骨骨折はその後のリハビリが大変で、動かない肩を動かすわけですが、その痛さは言葉に表せないくらいで、気が遠くなるというのはこんな感じなんだとその時初めて思いました。

初老を過ぎて眼で四苦八苦

45歳の時。メガネが合わなくなり、どうも目がしょぼつく。メガネを変えてみたり、近くはメガネを取って見たり四苦八苦。
その時ちょうど2歳下の弟が遠近両用に変えたと聞き、早速自分も遠近両用に。それが53~4歳のころ。
遠近両用は、近くを見るためには下のほうのレンズを使うため、首は上の状態にして目は下を向く。みなさんよくメガネをかけている我々位以上の人が近くを見る時に首を上に持ち上げている姿をご存じだと思いますが、その姿です。
そのため、首が非常に凝ってきて、メガネ屋さんに相談したところ、中近両用メガネがあるとのこと。そのメガネをパソコンを使用する際に付け替えると、今までがうそのように楽。でも、普段は遠近両用を使用しているため、首筋のこりは多少マシ程度。

肘・肩の痛み

それから、首筋の凝りと格闘しながらパソコンをし続けたからか、肘の上顆炎(俗にいうテニス肘)となり、それから肩の腱板炎となり、延べ1年くらいはリハビリに通いました。
これも極度の痛みはなくなったものの、違和感は常につきまとっています。その際にびっくりしたのは、リハビリに入る前に必ず血圧を測るのですが、徐々に上昇して行って、最高170/110まで行きました。しかし自覚症状は全くなし。その時も漢方薬はいろいろ試してみましたが、肩の痛みが治まってきたのと同時に血圧も正常へ。現在は元の120/75くらいです。

現在も副鼻腔炎と闘病中

肩の痛みが良くなってきたと思ったら、今度は副鼻腔炎。急に鼻がスースーしてきて、その後詰まってきて、またもや首筋が痛くなり、それがさらにひどくなって、頭が痛重くなってきました。なぜ副鼻腔炎を疑ったかというと、ある歯医者に行った時に、レントゲンを見て、副鼻腔炎があり、そのために歯が化膿しやすくなっているので、一度耳鼻科に行ったほうが良いと言われたためでもあります。
耳鼻科に行くと手術の一歩手前と言われ、鼻の吸入開始。それと同時に漢方薬も本格的に服用開始。それから鼻がのどに落ちてくる後鼻漏、副鼻腔炎でしょっちゅう痰や鼻水が出てくるようになりました。
一方、年に2~3回は歯肉が腫れて、歯医者に行っていたのがピタッとなくなりました。そして現在も副鼻腔炎と闘い、一時よりは改善されているものの、まだ闘病中という感じです。

身体はつながっている

今感じることは、人間の身体はつながっていると言う事。
まず、眼が悪くなり、上を向く姿勢のために首が凝り、そこからひじや肩の血行が悪くなり血圧まで上がっていった。
肩やひじが良くなったと思ったら、今度は首から頭に来て、副鼻腔炎がひどくなった。その代わり、良い事もあり、歯の炎症はなくなった。
本当に身体はつながっていると身をもって実感しました。
年を重ねると言う事は、特に50歳以降は健康と言う事に関して、引き算となっていくと言う事。
しかしながら、経験はもちろん、嬉しさや幸せ感や喜びは掛け算となっていくように。
病になっても、病気にならないこと。
いつもどんな時でも、ありがたいと言って、微笑んでいられる人生を送っていきたいものです。