河端孝幸の読む漢方

ウォーキングと人生

いろいろ考えるいい時間

歩くと言う事はただ歩くと言う事に集中する時もありますし、色々考えながら歩く時もあります。心の中を覗き込むいい機会です。不安がいっぱい。でも奮い立たす言葉も頭をよぎる。無心と言う事はあまりあり得ない。いろいろ考えるいい時間でもあります。
本日久しぶりに家のそばの手賀沼を歩いて1周してきました。いつもは半周の10Km。今日は思い切って一周の20Km行ってまいりました。5~6年ぶり?でした。本当は半周の予定でしたが、途中で、あれ?膝が痛くない。と思って、時間もあったので、思い切って途中の橋を渡らずにそのまま真っ直ぐに。

不測の雨

そうすると雨がぽつんポツン。雨は午後からと言っていたからまだ2時間はあるはず・・・戻ろうか、どうしようか・・・・
戻ることは簡単だけども、心の叫びは5~6年ぶりにチャレンジしたい!何度も何度もその葛藤続き。結局足は前へ前へ。知らぬ間に片側の道の中間地点から終点まで半分を過ぎ、もう行かざるを得ない。
そう考えて向うと、ついに膝が痛くなってきた!どうしよう?どうしようと言っても、どうしようもない。痛くても前へ前へ。さらに雨が追い打ちをかけてくる。片側の終点前の雨宿りの所にようやく着き、膝とふくらはぎを休める。
ここでもまた、ここからもうやめて帰ろうか?でも、ここから家まで10kmはあるし・・・。という、またしても葛藤。スマホで、天気を調べても雨とは出ていない!きっと止む!そう思っていたところ、15分もすると雨が止んできました。

木の下で雨宿り

再度歩きだして30分くらいしたところで、今度は半端なく雨が強まってきて、先ほどの雨宿りの時よりもっと雨脚が強く、ザーザー降ってきました。ずぶ濡れになりながら、歩いて行っても、雨宿りの所がない!
しょうがなく雨宿りができそうな大きな木があり、その下へ。3~4メートルくらい離れたところにも大きな木があり、そこには真っ白な猫が雨宿り。こちらを見て、襲ってこないかを観察していたと思いますが、動物も木の下で雨宿りするんだと何だか親近感がわきました。
ここまで来ると近くに民家があり、その家に事情を話して雨宿りさせてもらおうか。とかも思い浮かぶ。そんなことを考えながら、木の下でじっと。雲の動きを見上げたところ、まだまだ黒い雲が立ち込めていて、少し離れたところにその雲の切れ間が。まだ雨が上がるのに少しかかるなと。木の下で雨をしのぎながら、雫を受けながら。
いくら大木でも、隙間から落ちてくる雨は冷たい。かなりずぶ濡れ。雫を受けても、雨の中を歩くよりはましだよな、と考えてもいました。

バスに乗ろうかどうしようか

そしてついに小ぶりに。でも、膝とふくらはぎがかなり痛くなってきている。大丈夫かなという不安。途中でバスに乗ってしまおうかとまたスマホで検索するとあと2分弱でおそらく近くのバス停にバスが来るとのこと。でも、遊歩道なので、通常のバスが走る道にでるまでは2分以上はかかるし、バス停がどこかもわからない。
そんなことを考えながらそのまま前へ前へ。だいぶ小降りになってきて、20分も歩くと全く雨が上がりました。歩きはじめるのがちょっと早すぎたかな・・・
ついに公園の所まで出て、再度バスで帰ろうかとも思いましたが、ここまで来たら初志貫徹と思って、ついに完歩。無事に帰りつきました。

前へ前へ

何度も何度も、帰ろうか、止めてしまおうか、その方が楽だよな。でも、ここでやめたらそこまでだよな。でも、しんどいな。面倒だな。でも歩かなきゃ。その繰り返しのウォーキング。
その様な事を考えている合間に、今の仕事はこのままでいいのかな?このまま進むべきなのかな。さらには、自分の人生はこれで良いのかな?みんなに喜んでもらえているのかな。そんなことまで考え、悩み、でも前に進む。
20kmのウォーキングで、途中の休憩もありましたが、約4時間の行程で、最後は、最後まで歩き通せたという満足感が漂って、シャワーを浴びた休日でした。
人生とウォーキング。何事も、どんなことをしていても、すべてそれが人生なのだと思います。どうせ同じ人生ならば、前へ前へ。そんな人生を歩みたいものですね。