河端孝幸の読む漢方

清濁併せのむ

清濁併せのむ

私がまだ若かりし頃、ある方から言われた言葉がこの言葉です。この言葉がどこか頭の隅にあり、ある人にどのような言葉を送ることが、その人を成長させることができるかを、ずうっと考えていた折にふと、この言葉が思い浮かびました。
大海は、きれいな水も、汚れた水も構わずに受け入れることから作られた言葉だそうです。その様な度量が大きな人間にならなければいけない。人間として生まれたからにはその人なりの役割があり、その人しかでき得ない何かがあるはず。その何かを見る事知ることなく、悪い側面で人を捉えないように。あるいは、自分の意固地で譲らなかったり、応用範囲が狭かったり、杓子定規になったり、そんなことの戒めだと思いますし、併せのんでその人たちをさらに生かす、大きな人物になれと言う事でしょう。

なかなかそうもいかないのが人間

自分の想うようにならなかったりすると、仏調面になったり、無視したり、ついつい怒鳴ったり、叱りつけたり。そんなことをした後には、必ず後悔し、そのフォローをどうするといいのかも考えてしまうのが日常ではないでしょうか。
相手が想うようにしてくれないのは、結局は自分の不徳の致すところ。自責という言葉がありますが、まさにこの自責で毎日を過ごす事が、清濁併せのむ事が出来得る人物となるのではないかと思います。
違う言い方をすると大きな心をもった人間。懐が大きいとも言いますが、イメージ的には西郷隆盛がそうなのではないかと思います。
本当に伝えきれたのか、自分の伝え方が悪かったのではないか。相手の事を十分に解って、理解して、考えて話していたのか。相手の状況を解っていたのか。自分の価値観を押し付けていただけではなかったか。自分に非がないと言ってもどこかに非があったのではないか。全く非がないとは言い切れないのではないか。非がない出来事ってあるわけがないのではないか。

究極は、相手は自分の鏡ではないのか。

そうなんですね。相手を怒らせ、嫌がらせ、恐れさせているのはすべて自責。喜んで、明るく、元気に、ハツラツとさせること。それも自責です。
人のふり見てわがふり直せとも言います。
ちょっと違う意味でもありますが、全てつながっている。

最後に論語にでてくる、君子、小人の差です。

原文↓
孔子曰、君子有三畏、畏天命、畏大人、畏聖人之言、小人不知天命而不畏也、狎大人、侮聖人之言
読み方↓ 
孔子曰く、君子に三畏(さんい)あり。天命を畏れ、大人(たいじん)を畏れ、聖人の言を畏る。小人は天命を知らずして畏れず、大人に狎(な)れ、聖人の言を侮る。
意味↓
君子は、天から与えられた命や自然現象や人間としてどうしようもない事を畏れ(敬い)、徳に溢れた人(大人)を畏れ(敬い)、聖人の言葉を畏れる(発せられたその言葉を素直に聴き、敬う)。一方で、つまらない人間(小人)は、与えられた命の尊さを考えもせず、世の中のせいにし、偉大な人物に対しても無礼でなれなれしく、古来からのありがたい言葉や偉人の言葉を侮り、聞こうともしない。