河端孝幸の読む漢方

沈思黙考

沈思黙考

成功するタイプの人は、意識する心があり、失敗するタイプの人には意識する心ができていない。と、ある方のメッセージに書かれていました。意識することを常に意識して習慣化することが何よりも一番大事である。とも書かれていました。実際に思い当たることがある人も多いと思います。どうしよう、どうしようと常に考えていると、いつかそのどうしようが、あ!そうだ。こうしように変わる時が来るものです。
この原稿も、次は何を書こうか前回の原稿を書いたその時から、いろいろあれこれ考えています。ちょっと時間が空くと、そのことを考えている自分がいる。その絶え間ない思考の深ぼりで解決の糸口を捕まえる事ができるものです。私が書いた拙いこの文章が読まれる方にとって、少しでもお役にたつことを祈って書く事が、結局は自分のためにもなるという気がします。一度書いたものの、本当にこれで良いのか?読んでいただけるのか?お役にたつのか?意味がない文章ではないか?そんなことも思いながら、文章を書かさせていただいています。

一心不乱

一方で、グーッと集中して、一切の音も聞こえず、一切の物も見えないくらい集中して一心不乱に書くということも大切のように感じます。私自身も約40名の人たちの報告書を5日までにいただき、その返答を2~3日のうちにすべて返しております。その時は、その書かれた方の事を想い、どんな想いで書いているのかとか、どんなことで悩んでいるのかとか、どこでつまずいているのかと考え、感じながらそれこそグーッと集中して書いています。書き終わった後は、フゥーっと息を吐いている自分に気が付くことがあります。おそらく呼吸も止めて書いているのだと思います。考えるクセ作り、習慣作り。

「心をば静かに澄ます空の空」

これらの真逆の事が瞑想だと思います。
財団法人天風会の中村天風先生の言葉で、私が大好きな言葉に以下の言葉があります。
「安定(あんじょう)の打座密法(だざみっぽう)の真諦(しんてい)は、心耳(しんに)を澄まし空の声聞く」
「心をば静かに澄ます空の空」
無心になり、五感を気にせず、何も考えない空っぽの状態にする。その様な事だと思います。意外と考えないということも難しいものです。邪念・妄念が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。そんな感じで、本当に無の状態になれるのかとも思ってしまいます。偉大な僧侶が何年もかかってやっとその境地になれるものですから、無理もないかもしれません。
いずれにしても、考える習慣、無の状態になる習慣。両極端な状態を作ることで、人間としてのいわゆる第六感や察する力が養われるのだろうと思います。